はるぱりじかん

東京パリカのブンガク恋慕 ーー 遙カ成リ巴里 vol. 20

あなたにとって、無敵のヴィーナス、だれかしら。

ばってん少女隊というアイドル・グループのライブサポート・メンバーの応援に、散歩のような気楽さで、出かけた。

 

はじめてのアイドルのライブはとてもたのしかった。場所は、Zepp DiverCity、ここに行くのもはじめてだった。それどころか、台場にはじめていったかも知れない。

 

 

 生ライブつきのアイドル・ステージは、大成功といったところだろう。伸びしろがたっぷりあるのでファンの期待が大きいのがわかる。なにせ、15歳から18歳のアイドルグループ、所属プロダクションも(ファンにもやっぱり)つよみだろう。

 

帰りのひとの流れ、若いファンたちの興奮、生ライブを応援するアイドルがなしとげたのを見守った充実感に高揚した言葉の数数が、私の耳にまで届く会場の出入り口。幸福感が充満していた。アイドルの力ってほんとにすごいんだナ。

 

ド・アイドル・パフォーマンスに生スカバンド・サウンドを滑りこませるというのは、とてもおもしろい試みだとおもった。ばってんメンバーにはバンド・サウンドと一緒に伸び伸びとはずんでゆける勘のよさのあるメンバーもいるようで、単に踊らされているわけではない力づよさを感じた。

 

個人的には、なんとなく出かけておきながら、バンドセット・ライブ版 MV をつくってほしいナ、とおもったりもした。

 

わたしにとってド・アウェイのド・アイドル・ライブだったけれど、音楽っていいものだということ、そしてそれ以上のこともたっぷり身体で感じられた新鮮なライブだった。

 

これからまたがんばりつづけようとする少女たちに感謝。

 

 

☝ 福岡発のアイドルグループ「ばってん少女隊」のアルバム表題曲「無敵のヴィーナス」は、Scafull King の SAX 担当 NARIくんがホーン・アレンジなんだって♪

 

 

気温がまた下がって、帰りはすっかり冷えてしまい、あまりの寒さに、帰宅後、冬かのようにシチューをつくった。

 

ライブは熱かったけれど、私が冷えやすい年のころであることに、なんらかわりはないのでした。

 

うちあげ気分で最寄り駅で買ったワインがおいしくてうれしくなってのブログの更新。というわけで、(めずらしくの)ほろよいブログでした。

 

 

             * * *

 

 

なにがどうでも、みんながみんな、たべていかなきゃいけない、生きていかなきゃいけない、自分もそのうちの一人だ。

 

なぜか、そんなこともおもった。

 

なは、なはなはなは。

 

コマネチ☆

 

f:id:parika:20180520000834j:plain

 

 

すきよ戸棚をあけるとき

すきよ 戸棚をあけるのが

 

流し台の上部に棚があるタイプのキッチンはわりと一般的だろうけれど、うちにもそれはある。その棚がある場合は、だいたいどの家も、二段式のものが多いのではないだろうか、と想像する(とくべつすてきなシステムキッチンについては、今は括弧にいれて想像しています)。二段目は手が届かないからあまり移動のないものが置かれることになるのがふつうだろうけれど、一段目は、なにを置くのが一般的なのだろう、とくにおもいつかない。使い方は人それぞれなのが、流し台上部の棚の一段目、という気がする。

 

うちではそこに、お茶がしまってある。

 

煎茶、玄米茶、ほうじ茶などの葉っぱのはいった茶筒に、ルイボスや麦茶のティーバックなどのあれこれ、そして、いくつかの紅茶の、安ものからちょっとよいものまでの葉っぱがはいったそれぞれの缶カン、そこには去年亡くなった友人の葬儀でお香典返しにいただいた紅茶のほっそりとしたきれいな缶もある、ほかにも、ドイツ語の先生が自分は苦手でのめないからと譲ってくれたパッケージがかわいいデザインのクリスマスにたのしむためのドイツのフレーバーティー、それから、夏に再会したカナダの友人がくれたこれまたパッケージがかわいくてポップなカナダのカラフルなフレーバーティーもそこに加わったりして、とにかくお茶の類がところせましとではあるけれど、重なるものは重なりあって、並ぶものは並びあって、バラバラのものは籠のなかに収まって、扉の向こうでじっとしてある。

 

戸棚を空けると、ブレンドされたさまざまな香りが頭上から降りてきて顔のまえでふわっとひろがる。まいかいまいかいの、うっとりする時間。ほんのつかのまの、すてきな時間。

 

だからわたしは

すきよ 戸棚をあけるのが 

 

 

f:id:parika:20180513132038j:plain

キッチンの流し台上部の戸棚、あなたはなにを、置いていますか?

さいきん・ときどき・おべんとう(2)🍱

 

わかってきた。

 

お弁当を用意していけば、あきらかに、かなりの倹約になる🍱🍵

 

倹約になるとおもうとちょっと気が楽になる。だからしばらくはお弁当。ときどき。

 

だけど、たとえば出かけてから、ストッキングの不具合に気づいて、行き先の駅に着いたら即座に駅ビルへ駆け込むようにして、なんとかストッキングを買ってあっさり六百円が消えるということがあったとする。

そうなると、「まあ、お弁当もなく、お昼を買ってそのうえストッキングとなれば、倍以上かかるわけだ、今まではそうやってお金がどんどん消えていたのだったな」、などと、細かいことをぶつぶつとしばらくのあいだかんがえている。そんなことをかんがえているなんて、ちょっとイヤになる。

 

イヤになるけれど、倹約しないとどうにもならないし、しばらくはお弁当。ときどき。

 

続きを読む

愛ス🍨

 

ちっともブログの更新ができないまま五月もまもなく半ば。

 

五月なのに気温がぐんと下がって雨もふって、薄着では鳥肌が立つほどだった日、学生が「今日はアイスの日らしいですよ」と言ってきたっけ。

 

この絵を描いたのは少しまえの四月のおわりのことでした。

 

 

f:id:parika:20180513004415j:plain

フランスの、屋台のアイス屋さんもふたまたのコーンも、とても可愛らしかった🍦

さいきん・ときどき・おべんとう(1)🍱 

さいきんときどきお弁当をもって大学へ行く。

お弁当箱ももっていなかったけれど、昨年だったか、一昨年だったか、ユニクロでたくさん買いものをした特典で、お弁当箱をもらったのを取っておいた、それがつかえるとおもいついた。自分にはちょっと大きめなお弁当箱だとおもうけれど、いつまでつづくかわからないし、ときどきのことのつもりだし、あたらしいものはさしあたり買っていない。

 

あたらしい年度がはじまって、ゴールデンウィークもおわって、つくづくと、とりわけここ三年の大学での授業の組み方をふりかえってみると、まあ、たいへんだった、よくやりきったなとおもう。そうは言っても、ざんねんながら、よれよれになりながら、なんとかやりきったというだけのことで、なにか立派な仕事を残せたとか、そんなことはない。

 

 

だけど授業をするということにかんしては、そんなこと、なにか立派な仕事を残せないというのはあたりまえのことだとおもっているから、ちっともかまわない。すくなくとも、非常勤講師として教壇にたっている自分にとっては、授業をすることそれ自体は、なにかを残すことではない。そもそも教育に携わる仕事をすることというのは、さいきんそうおもうのだけれど、大河が流れゆくその場所そのものとなるようなことなのではないか。教育というのはなにかを残すことなのではなく、最後には一人残らずその場を去って行く者たちとその場をひととき共にすごすことなのだろう。わたしは、絶えず水が流れてゆく土壌のようなものであり、川底のようなものであり、地盤のようなもの。大河とはいかなくても、河川の流れる土地のようなものとなる。

 

わたしという土手には、四季のさまざまな光の空のもと、どのような草が生え、どのような花が咲き、どのような木々が並び、どのように枝が伸びるのだろう。たまたまそこを流れゆくものたちは、どのような色をした川底から、どのように外へとまなざしを、ぼんやりあるいはきょろきょろとうごかし、なにをとらえ、忘れてゆくのだろう。わたしという川底は、どのように透明で、どのように濁っていて、どのように光をとおしているのだろう。どこからか湧いてきてかってに流れてゆく水は、ゆれ、きらめき、旋回しながら、いろんなところからやってきたみなを運んでゆく。

 

豊かでありたいとおもう。

 

 

 

 

ともかく、さいきんときどき、お弁当をつくってもっていくようになった。これまでは、お弁当をつくろうというきもちになることはほぼなかった。一つには、荷物を重くできないということがあったけれど、それ以上に、だいすきなパンを、すこしくらいお金がかかっても(さいきんのパンは百円ではなかなか買えない)、我慢せず、よろこんでパン屋で買ってたべるということが、疲労した自分をなぐさめるたのしみとなっていたというのがあった。

 

わたしはパンがだいすきなのだ🍞

 

 

 

f:id:parika:20180508100136j:plain

パンよりすこしだけゆっくりといただきます◯

レッツ、こうしん 🎏

 

更新も絵をかくこともパタリとしなくなるとしばらくタイミングがつかめなくなってしまって、頭のなかで更新してばかり。 

 

やっぱり頭のなかではなくてweb上で更新したいナ、とおもう。 

 

 f:id:parika:20180505232242j:plain

 かしわもち、たべましたか 🎏

 

つけたします☟

続きを読む

ウィズ・ザ・シー、シーズン スガダイローのソロピアノ

スガダイローの二枚目のソロアルバム『季節はただ流れていく』がリリースされて、それについてちょっとはかきたいとおもいつつ、なにしろブログの更新自体をなかなかしない状態になってしまっているので、ちょうど今、お米を炊き忘れて炊いている時間をつかってすこしくらいかきはじめようとおもう。

 

velvetsun.theshop.jp

 

でも、スガダイローのアルバムについてではないはなしになりそうだ。

 

ごはんが炊けるまで、かけるところまでかこう。

 

アップはするけれど、あとで書きなおすとおもう。なにしろ今は仕事のあとでくたくたなのだ。

 

こうやって書くことも仕事ならどんなにかいいのに、とついおもってしまう。

 

 

わたしがはじめて自分でくり返しきいたピアノのソロ・アルバムはジョージ・ウィンストンの二枚で、もう山口県に引っ越していた小6の頃、あるいは中1か、定かではないけれど、母が買って家にあった『Autumn』と『December』だった。当時はやったのだろうけれど、そうしたこともわからずに、ただそこにあるからきいていた。すききらいなどわからない子どもだったから、すきともきらいともおもわなかったけれど、それをきくことがなにかよいことだおもってただ流して、ただきいていた。

 

そのせいだろう。ときどきジョージ・ウィンストンのことはおもいだす。

かれのアルバムをめぐる印象的なおもいでもある。そのはなしをすこし。やっぱりダイローばなしからは離れていくけれど。

 

                 ♪

 

ある日、友だちが自分の家に遊びにきたときに、その友だちとお茶をするのに『Autumn』をかけっぱなしにしておいたことがあった。

かのじょは6年生で町田から山口県に引っ越してきた転校生だった。わたしは4年生の秋にさきに転校生を経験していた。ただし、かのじょはもともとこちらに家があった。かのじょの祖父は地元の私立高校の理事長で、かのじょの親が祖父母と離れで住むために建てた新しい家の横には、大きな敷地が広がっていて立派な平屋の家があった。

かのじょはあっというまにクラスのファッションリーダーとなったお洒落な子だった。だから、東京から引っ越してきたわりにまったく垢抜けたところのない、ませたところもないわたしとかのじょでは、いわゆるグループのようなものも違っていたけれど(といっても、わたしはどんなグループに属していたか、ひどくぼんやりしていて、そういうところもやたらとぼんやりとしたわたしは、やっぱり自分でふり返っても、ちょっとヘンな存在だったのだとおもう)、すぐにかのじょはわたしがちょっとヘンな子だと言って目をつけて、あんたなんかおもしろいね、とおもしろがって近づいてきた。たぶん、東京を知っているということが安心だったのかも知れない、なにはともあれ、あっというまに仲良くなった。

かのじょはいつもいろんなことをおしえてくれて、まだ小6なのにファッション誌の『non-no』を買ってみていたり、「わたしアルフィーの高見沢さんがだいすきなの、パリちゃんは?」、といったことを、あきらかにときめいた様子ではっきりと口で言ったり、きらいなものは「イヤ〜」とはっきりいやがったりと、わたしにはおどろきの連続で、一緒にいてとてもたのしかった。そういえば、かのじょと過ごした日々のことは、書きたいことがいくつもある。

そんなかのじょ、Eちゃんはときどき家に遊びに来てくれた。それがはじめて遊びに来てくれた日だったかどうだかはおもいだせない。ともあれ、部屋で音楽をかけておくのはすてきだし、よいことにちがいないとおもったのか、それとも、そんなこともわたしはかんがえなかったのか、かんがえなかったようなきがするが、とにかくジョージ・ウィンストンの『Autumn』のCDをわたしはかけた。日々、ただただ、それを流していたのだから、その延長でEちゃんがいるときも再生したということのような気がする。

おもえばこの日の出来事も、かのじょがおどろかせてくれたことの一つになる。

 

そうやって、BGMなんてことばもしらなかったかもしれないわたしはジョージ・ウィンストンのピアノをかけて、ふたりでお茶をしながらおしゃべりでもしていたのだけれど、しばらくもしないうちにEちゃんが、「パ、パリちゃん……」と言う。見るとどうも、顔色がわるい。「ど、どうしたの? だ、だいじょうぶ?」とわたしはうろたえ言ったのだろうか。おどろいたことに、といっても、当時のわたしにとっておどろきだったということにすぎないけれど、Eちゃんは、こう言ったのだった。

 

「パリちゃんあのね、音楽を止めてほしいの、きもちわるくなってきちゃったの」

 

なるほど、とおもった。弾き続けられるピアノの音の渦にEちゃんは音酔いしてしまったのである。そのことはすぐにわかった。音楽をかけていて問題ないかをたずねなかったことを詫びつつ、わたしはすごくおどろいていた。

音楽って、こんなふうに人に、人の身体にはたらきかけるものなんだ。音楽って、耳だけできいているわけではないんだ、体中で感じるものなんだ!

ほんとうにおどろいたので、わすれられない。

もちろん、そのときはEちゃんにとってはきもちのよいことではなかったのだから、もうしわけなかったけれど、音楽も好みはひとそれぞれだということを実感する以上に、そのはたらきのようなものについてはじめて考えたのだった。そして、音楽を流していても、流しているだけで、自分がちゃんとは聴いていなかったのだ、ということにも気づかされた。

これが、Eちゃんとジョージ・ウィンストンのアルバムのおもいでだ。

 

                     ♫

 

スガダイローの音楽との出会いは、十代の終わりで、そのころは、ジョージ・ウィンストンのことをおもいだすことはない時期、ジャズというものに近づいて、はじめてマイルスや、コルトレーンや、モンクやバド、エヴァンスやチックやキースなどを聴きはじめたころ。スガダイローは、ジャズをおしえてくれたというよりも、ライブの音楽の楽しさに気づかせてくれたピアニストだった。まだ無名のこのピアニストの奏でる音をすききらいなどもかんがえず、それをきくことがなにかよいことで、すてきなことで、かけがえのないことなんだとおもって、機会があればせっせときいていた。それはかれがまだ国立大で生物学を専攻していたころだったが、同じくさらにとても若かった自分が当時所属していたS大のジャズ研のスタジオで、はじめてまじかできいたかれの弾いた二曲がわすれられない。ただのすぐにやめるセッションだったが、Everything Happens To Me とSatain Doll。音がきいたこともないくらい大きくて深くて分厚く、弾く手をうごかす腕は今よりずっと細かったけれど、そのうごきはすでにダイナミックで、音の波がやさしくつよく部屋を揺らした。楽器を弾くっていうのはこういうことなんだと、感激して胸が熱くなった。そしてほんとはその音がすこしこわかった。

 

 

そんなスガダイローの新譜を聴いた感想の詳細をのべることは、ごはんの炊けそうな今はできそうにない。だけど、二つだけ、すぐにかけることは書いておこう。

 

一つは、はじめてこのアルバムを再生して、最初の音を聞いた瞬間におもったことについて。

 

「あ、これ、この音、この音楽」とおもって、「これ、何かっぽい」とおもいかけてすぐに、「あ、そうか、これ、スガダイローだ」とおもい至る。「誰かっぽい音楽」なのではなくて、どのように耳を傾けても「かれの音楽」なのだ。いつの間に。これほどあたりまえのことはないようだけれど、このピアニストがそこになんとなく到達しえたとは到底いえないだろう。そもそも、ジャズのピアニストの音というのは、いろいろなプレイヤーの記憶の重なりであり、いろいろなスタンダードの演奏の記憶の重なりである。ジャズというのはなにをおいても、それがたのしいのでありまたうつくしい。ジャズは複数的な要素があまりにもつよく、それが時に音楽に難解さをまとわせるため、「癖」ということはべつにして、「自分の音楽の世界」といえるようなものを見だすことに苦労するプレイヤーは少なくないのではないだろうか。スガダイローは、かなりはやい時期から、というよりもはじめからそうだったのかもしれないが、ジャズの難解さを聴く人と共有することを、心からよろこぶとしても、敢えてもとめることはしないようにおもう。そのかわり、聴く人がその時間をたのしむことをひたすらのぞむピアニストであるという印象がある。今回のアルバムは、そんなスタンスのスガダイローが、とうとう自分の音楽の世界というのを捉えようとし、捉えた、そういうことを感じさせるアルバムだとおもう。

もっとも、譜面までつくった十二曲で一年をうたい海につづくこの作品を、ツアーでいくつもの土地をめぐり、夜ごとにおなじ曲をくり返しながら、毎回ちがうピアノで、毎回ちがう表情で、演じきった点でやはりフリーであるように(たとえばしばしばライブで情動的な音でに聴くことが多かったとおもわれる「如月」の録音のマットな音のそのおだやかな表情の不思議)、かれがやっぱりフリー・ピアニストであることはうっかりわすれるわけにもいかない。つぎの五反田文化センターでのコンサートが終わるまでは、『季節はただ流れていく』をゆっくりと、じっくりと、背中を丸めてひきつづけるのだろうけれど、ではそのつぎはなにをしようとするのか、やっぱりこちらがおもいよらないようなべつの一歩を踏み出して、こちらが呆気にとられる音をひびかせてニヤリとしてみせるのだろうか。

 

……そんなことをまずおもったのでした。

 

それから、もう一つ、『季節はただ流れていく』というスガダイローらしいぶっきらぼうなタイトルのさいごにある「海は見ていた」は、このアルバムの四季という時の流れに空間をさしだす不可欠な一曲で、そのうえとてもすてきな曲だとおもう。ピットインでのツアー・ファイナルでも、とてもよかった。スガダイローの名曲にかぞえたい。

 

「よっ、スガダイロー、海のピアニスト」、とこれを書きながらあらためておもった。

 

……なんていっているうちに、ごはんが炊けました🍚

 

以前スガダイローについて、一枚目のソロアルバムについて書いた投稿のリンク(みると、これも言い訳しながら無理矢理書いていて、なんでもいいから書いておきたいみたいのね)

for sugadairo solo piano at velvetsun - 逍 遙 遊 vol. 3

 

velvetsun.theshop.jp

 

あとでいろいろ、かきなおしますが、それもいつになるかわからないので、アップしちゃいました。