遙カ成リ巴里 vol. 20 ✈️ depuis 1999

こんにちは。東京パリカのブンガク恋慕 ーー「はるかなりぱり」です。 

小津安二郎監督

今日は小津安二郎監督の日です🎥

わたしは監督の映画がだいすきです。

 

 

「どうでもよいことは流行に従い、

 重大なことは道徳に従い、

 芸術のことは自分に従う。」

 

写真はかつてのパリの部屋にて撮影📷

        

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あしたも…◯

 

 

 

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くたくたでなにもできないので

自分をなだめるために

四コマ漫画の練習をしました

元気をもっとだいじにしよう

 

     復活前夜の四コマ漫画

 

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     体調を崩していました。

     じつにつらかった。

 

     あしたから

     また

     いや

     もっと

     がんばりたいです。

 

 

 

「どうしてこんなにややこしいんだろう〜」

伊藤洋司さんと黒沢清監督のトーク東京堂であった。

終盤で、量子力学の話で盛り上がっているのを聞いていたら、以前書いたブログの記事があったとおもいだして、さがしてみたらでてきたので読み返した。

それで、その記事を以下に載せることにした。タイトルはそのときのもの。

                                                                                                         2017. 11. 28

 

 

 

☟ ブログ「東京巴里伽のα次元」の 2015年10月18日 の記事

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cher ami, très très cher

 

まだそう遠くまではいっていないのでしょう

まだ岸のこちら側にいるのでしょう

また声をかけてくれるのでしょう

そうなんでしょう?

 

2017.11.14

 

youtu.be

流れて戻ってまた流れ

涙という字は戻るという字に三水なんだね

 

2017.11.15

ココロヲコトバニ

高校の卒業アルバムのさえない私の顔は私を知らなかった同級生が今の私を見るとずいぶんちがった顔に見えるらしい。長期留学を終えて帰国してから比較的直後にあたる時期、まだ東京暮らしの感覚が戻らずに調子が整わないころだった、丸の内あたりであった小さめの同窓会に重い腰を上げておもいきっていってみたときに、だれかがもってきた卒業アルバムをひらいていた二人の知らない同級生が私の顔写真を見比べて、遠目に互いになにか言いたげな顔をした。地味な顔だから、化粧をしてないしかも高校生の自分の顔とは今の顔は当然ぜんぜんちがうわけだけれど、そしてそれどころか、私なりに積んだ経験がいろいろと顔に出ていているのもたしかなわけで、そしてまた、なんといっても年を確実にあのころからずいぶん重ねたのだから、それは、顔が変わるのは、当然のこと、だけど、目の前でこそこそ顔を見比べるなんて、ちょっと失礼だなとおもったりもした。そういえば別のブログで書いたことがあるけれど、その後、大学の同窓会でも、やっぱりひさしぶりに会った仲間のひとりに顔をいじったのかといわれたのだった。おもえば私は幼いころから、小学校、中学校、あちこちに移り住んだこともあってか、自分でもすごく顔が変わると早い時期からおもって気づいていたし、そんなふうに変わったなぁ、とおもえば戻ってきたなぁ、とおもうこともある、そのくり返しだった。そして、それは今もつづいている。

 

転校が多いからか、卒業アルバムというものが自分にあまりかんけいのないものにおもえる。高校だけは、入学して卒業することができて、それはうれしかったけれど、卒業アルバムを見返すことはほとんど、というか、まったくないといってよい。でも、卒業アルバムのクラスごとに並べられたプロフィール写真の横に各自が自由にきめて載せるキャプションをつけていいというのできめたそれが何であったかは覚えている。ひさしぶりにはっきりとおもいだした。それは、「ココロヲコトバニシテ觀ルヨ」というものだった。

 

ココロヲコトバニシテ觀ルヨ

 

 

 

顔つきが変遷しても

 

かわらないものはよかれあしかれ私にも

 

たぶんある

 

 

2017.11.15