はるぱりじかん

東京パリカのブンガク恋慕 ーー 遙カ成リ巴里 vol. 20

cinéma cinéma cinéma n° 1

映画館にはいったほうがよい。

三才児だったわたしがはじめて『スーパーマン』を映画館でみて以来、映画館で映画をみるのがたいせつなことになっている。栄養をとるように映画館で映画をみる。映画を映画館でみると栄養がとれる。

だから映画館にはいったほうがよいとわかる。

 

だけどぴたりと足が遠のくこともある。

そういうときは栄養不足のようなものだ。

もちろん栄養というのはたとえだから、栄養不足なのだ、といわずに、栄養不足のようなもの、という必要があるとはおもっている。

 

ここ最近も映画館から足が遠のいていて、たまにあるように、二ヶ月以上映画館に行っていなかったのだとおもう。記憶がまちがっていなければ、六月半ばに『この世界の片隅に』をみにいって以来、みていなかったのだとおもう。ときどきこういう時期がある。

 

そういえば、『この世界の片隅に』は、一月と二月にみていたから、六月半ばにみたときは、三度目だった。一つの映画を劇場で三度もみるのはとてもめずらしいことだ、しかもアニメだからおどろいた(ちかいところだと、ホウ・シャオシェン監督の『黒衣の刺客』は、みた翌日にうっかり二度目をみにいった)。

この世界の片隅に』を、テアトル新宿に二度みにいった。テアトル新宿は三度目は、紹介がてら人とみにいった。テアトルでもユーロスペースでもそのころはもう上映は終わっていたから、下高井戸シネマでみた。

 

下高井戸シネマは、いつもみたい映画を上映しているけれど、大学生のころ、ルコントの『リディキュール』をみて以来、一度も行っていなかった。今回行ってみてよくわかったのは、みた映画は覚えていても、場所の記憶は皆無ということだった。なにも覚えていなかった。改装や移転ががあったりしたのではないかというくらい、おなじ場所とはおもえなかった。だけど、ひとり暮らしをはじめて、慣れない場所にひとりででかけたときの、若々しい高揚感のようなものをおもいだした。サロートの作品を通してかんがえていた感覚の記憶というのは、まさにこういうことだとしみじみした。

あのころわたしは大学一年生か二年生で、フランス語は、まだ第二外国語の授業で大勢に紛れて適当に参加して適当に触れてしかいなかったころだ。松竹のシナリオ学校にアルバイト代をつぎこんで通ったり、大船撮影所へ見学に行ったりしていたのはこのころなのだろう。日づけにかんする記憶ははっきりしない。

当時はルコントがまだ流行っていた。そういえば、そのときは二本立てで、『リディキュール』のまえ『ボレロ』をかけてくれた。『ボレロ』には大いによろこんだ。

 

やっぱり映画は映画館でみるのがよい。

 

今年もあと四ヶ月。一月から映画館でみた映画は本数はすくないけれど、とてもよいものが多かった。かんがえてみると、あまりおもしろくないものを映画館でみてしまった、ということがあるのは、ひょっとしたらよほど贅沢なのかも知れない。財布と相談しているうちに見逃したりすることもあるけれど、おもしろくてもなんでも、うとうとしても、映画館でみられたほうがいいとおもう。

 

つづく