はるぱりじかん

東京パリカのブンガク恋慕 ーー 遙カ成リ巴里 vol. 20

cinéma cinéma cinéma n° 3

九月にはいったらすこしは映画館で映画をみよう、とおもっていたら九月になった。一日は映画の日。千円ではなくて、千百円というのが定番になってから、何年くらい経ったのだろう。

ジュム・ジャームッシュで秋のシネマ生活をスタートした。『パターソン』、よいはじまりになって、うれしい。まどろみながら半分くらいを眺めて、後半からはすっかり覚醒状態でみた。

いつからか、映画をみながらまどろむようになった。ものすごい贅沢で、シネフィルを自称するかたたちには呆れられるのかも知れないけれど、さいきん、映画館でぼうっとして映画をみている時間がたまらくすきだ。以前は、学校の授業などもそうだったのだけれど、何かをしながら居眠りするということはなかった。もともと寝るのが下手なのだから、人のいるところでは、眠ろうとおもったってとても眠れなかった。映画館は闇のなかでみんなが映画にむかっているから、ますます心地よいのかもしれない。映画をみながらはじめてうたた寝したのがなんの映画だったかはっきりおもいだせないけれど、パリのシネマテークジャン・ルノワール Jean Renoir 特集に数回行ったときあたりからだったかもしれない。名作なのに、うとうととしてしまって、誰に咎められるのでもないのに、ひとりでひどく恥ずかしかった。それ以後、そういうことが増えていった。ただ以前よりすこし多めにつかれているからそうなっただけなのかも知れないけれど。

まどろんでも、よい映画はよい映画だ。よい映画でないとまどろむことはできない。あまり好きではない映画をみていると、つい苛立ったり、つい腹が立ったりしてとても眠くはならないものだ。そういうときは、みるのをやめるくらいだろう。

 

そのあとDVDでマーティン・スコセッシ監督の『沈黙』(2016)をみたら、『パターソン』の主演俳優で、『スターウォーズ フォースの覚醒』(2015)のハン・ソロとレイアの息子役も演じたアダム・ドライバー Adam Driver がアンドリュー・ガーフィールドAndrew Garfield と一緒に神父役で出ていた。つぎにみるのは『スターウォーズ 最後のジェダイ』となるのだろうか。『沈黙』、映画館でみるべきだったとおもった。

 

ベケットの芝居をみたりもした(両国のシアター・カイでアイルランドの劇団マウスオンファイアによる『ゴドーを待ちながら』)。そのままいくつかDVD、ロバート・ゼメキス監督の『マリアンヌ』(2016)とかティム・バートン監督の『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』(2016)などなど、そういえば『何者』、『フォレスト・ガンプ』、『グッバイサマー』などもみたけれど、それは先月のことだったか、とにかくDVD生活もすこしペースが戻りはじめた感じだ。

 

とにかく映画館で映画がみたい、みなくちゃ、みなくちゃ、というわけで、これまでの作品はDVDでしかみていなかった三島有紀子監督の『幼子われらに生まれ』、それから身近な人たちが推していたので興味をもった大石規湖監督の初監督ドキュメンタリー『マザー・ファッカー』(2017)、是枝裕和監督『三度目の殺人』(2017)、ジャン・ルーシュ Jean Rouche 監督の『私は黒人 Moi, un noir』(1958)、黒沢清監督の『散歩する侵略者』(2017)、クリストファー・ノーラン Christopher Nolan 監督の『ダンケルク Dunkirk』(2017)とつづけてなんとかみて、栄養補給をしつづけたような恰好になった。ドーピングのようかもしれない。

 

題名と監督名を書いているだけで、うきうきとする。頭のなかに言いたいことがあれこれうかんでくる。

 

つづく